12. 最後の挨拶

12. 最後の挨拶

課題:卒業

ジャンル:ヒューマンドラマ

 

人物

瀬戸日奈子(45)パートタイマー
木内ちえり(41)日奈子の友人
天野慧(34)ミュージシャン
コンサート会場係員
ニュース番組レポーター
現場レポーター

 

本文

〇喫茶店・店内
 コーヒーを飲みながら、スマホをチェックしている瀬戸日奈子(45)。
 ぎょっとした顔でスマホの画面を見る。
 スマホ画面にニュース記事「元アイドルグループ、ゴッドクルーの天野慧、大麻取締法違反容疑で逮捕」
 目をこすり、文字を拡大して見る日奈子。
 SNSのメッセージ着信ウインドウが表示される。
 メッセージ「ちえり:もうすぐつくよー☻」。
 日奈子は指を震わせながら返信する。
 メッセージ返信「ひな:それどころじゃないよ、大変!けーくんがタイホされたって😭」
 すぐにちえりから返信がくる。
 メッセージ「ちえり:ええーっ😱」

 

〇空港ロビー
 小型のキャリーケースを引きながら入ってくる木内ちえり(41)。
 日奈子が駆け寄る。

 

ちえり「一体どういうことなのよー?」
日奈子「怖くてあんまりニュース見れてないんだけど、姫華(ひめか)と一緒の現場を押さえられたらしい」
ちえり「え?姫華ってあのチャラいモデルの?嘘でしょ?接点があるとか聞いたことないんだけど!
 で、今日のコンサートどうなるの?」
日奈子「当然中止でしょ…まだ事務所からアナウンス何もないけど」
ちえり「まじで!?これから飛行機乗るっていうときに…どうする?」
日奈子「今からキャンセルしたって一円もお金返ってこないし……」
ちえり「東京旅行と思って行くか……」

 

〇飛行機・機内
 座席に隣同士座る日奈子とちえり。
 日奈子の手にはスポーツ新聞。

 

日奈子「まだ信じられない、あの明るくていい子のけーくんと麻薬が結びつかない」
ちえり「どうせ姫華が誘惑したんでしょ。アイツ気に食わない」

 

 新聞を開く日奈子。
 紙面には、「天野慧と女優の伊崎詩音(しおん)、年内ゴールか?」の大きな見出しと、天野・伊崎が仲良く笑顔で写っている写真。

 

日奈子「私たち、けーくんがゴッドクルーでデビューしてからずっと見てきてさ」
ちえり「伊崎詩音と付き合ってるのを知った時はショックだったよね……」
日奈子「今回のコンサートツアーを最後にファン卒しようと思ってたのに」
ちえり「最後にすごい爆弾きちゃったね」

 

 切ない表情で窓の外を見る日奈子。

 

〇駅・ホーム
 ホームを移動する日奈子とちえり。
 多くの広告が並ぶ。
 その中に、姫華の写真が使われている大型ポスター。

 

ちえり「まだ広告はそのままだね、そりゃそうか、今日のことだもんね」

 

 スマホをチェックする日奈子

 

日奈子「まだ続報は出てないわ……」

 

〇コンサート会場前
 会場を見て立ち尽くす日奈子とちえり。
 建物には多くの人がつめかけている。
 「公演中止」と書かれたプラカードを持った係員がメガホンで叫んでいる。

 

係員「本日の公演は主催者都合により中止となりましたー。尚、払い戻しにつきましては……」
ちえり「いつまでもここに居たってしょうがないよ、もう」

 

 ちえりは日奈子の肩を叩く。
 うなだれていた日奈子は顔を上げ、日奈子とちえりは会場を去る。

 

〇浅草・雷門前(夕)
 写真を撮る日奈子とちえり

 

〇同・吾妻橋(夕)
 美しい夕日とスカイツリーを眺める日奈子とちえり。

 

〇ホテル・部屋(夜)
 高層階の窓から下に見えるコンサート会場を切なげに眺める日奈子。

 

ちえり「もうあきらめなよー。チケットも返金されるっていうし、物販も買わなくていいから、今日くらいはちょっといいワインで乾杯しよ!」
日奈子「そうだね、せっかく東京に来たんだし」
ちえり「コンサートあると、出待ち入り待ち待機で観光とかろくにできなかったもんね。
 何度東京に来たかわかんないのに、浅草すら初めて行ったっていう……」

 

 笑うちえり。
 日奈子も表情が明るくなる。
 日奈子とちえりは乾杯する。

 

〇同・部屋(夜)
 空いたワインボトル。散らかった菓子の袋。
 日奈子とちえりはそれぞれベッドに入っている。
 電気は消し、テレビはついている。
 テレビでは天野慧逮捕のニュースが流れている。
 日奈子はスマホで慧のSNS写真を見ながらため息。

 

日奈子「18年だよ…。もう少しで20周年。けーくんがおじさんになっても、おじいさんになっても、ずっと応援してるってファンレターも書いたこともあった」
ちえり「まだ芸能生活が終わりって決まったわけでもないじゃん?」
日奈子「なんかもう、気持ちが無理。伊崎詩音との結婚はがんばって認めようと思ってたけど」
ちえり「だね、よりによって姫華となんてがっかり」

 

 日奈子、スマホの画面をちえりに見せる。

 

日奈子「見て、私が上げた帽子被って自撮りあげてくれたやつ」
ちえり「あんたそれ自慢だったもんね」
日奈子「どうしていかわかんない。このままファン卒するべきなのか……」
ちえり「東京滞在、まだあと3日あるからね。ゆっくり考えよ。おやすみ~」

 

 ちえりがテレビを消す。
 部屋は真っ暗になる。
 部屋からの窓の外、東京の夜景が広がる。

 

〇東京・繁華街・駅前
 人ごみの中を買い物袋をたくさん下げて歩く日奈子とちえり。
 駅前の巨大モニターに、慧の速報ニュースが流れる。
 日奈子とちえりはモニターを見上げる。
 ニュース映像「天野慧容疑者、午後にも保釈の見込み」

 

日奈子「ええ?もう?」
ちえり「普通、拘留は二週間とかって聞いたことあるけど……」
日奈子「じゃあ、もしかしたら嫌疑なしとか、そういうことなのかしら」

 

 ニュースの画面では、警察署でレポートをしているレポーターの姿が写っている。
ニュース番組レポーター「尚、天野容疑者は港署で本日にも……」

 

日奈子「港署……」
ちえり「行って見る?」
日奈子「何時なのか、本当に今日なのかもわからないのに?」
ちえり「もうここまで来たら行くしかないよ。どうせ東京居るんだし、最後の挨拶と思ってさ」

 

〇警察署・玄関前(夜)
 多数のマスコミ、ファン、野次馬でごった返している。

 

ちえり「みんなよく待つね」
日奈子「私たちも人のこと言えないよ。こんな出待ちしたくなかったわ」

 

 スマホで時間を確認する日奈子。時刻は10時を過ぎている。
 警察署を背にして、テレビ番組の現場レポーターがテレビカメラを前にマイクを持って立っている。
 警察署の玄関が開き、スーツを着た天野慧(34)が、警察、検察官たちに護衛されながら出てくる。

 

レポーター「あっ今、天野容疑者が姿を現しました!」

 

 一斉にフラッシュが焚かれる。
 ファンからは悲鳴のような歓声。
 慧は、日奈子がプレゼントした帽子を深々と被って、神妙な面持ち。
 人々の前で立ち止まる。

 

ちえり「あ!あの帽子!!」

 

 ちえりは日奈子の肩を叩いて指さす。
 おどろいた表情の日奈子。

 

慧「この度は……」

 

 場が少し静まる。

 

慧「この度はお騒がせしたことを、大変申し訳なく思っております」

 

 深々と頭を下げてから、周囲を見渡す慧。
 ファンの中には「信じてる」「待ってる」といったプラカードを持っている人もいる。
 泣いているファンもいる。
 再びうつむく慧。
 警察署の横には黒いワゴン車が待機している。
 慧はワゴン車に向かって歩いていく。
 慧は車に乗る前に振り返り、人々のほうを見ると、帽子のツバに手をかけ、深く被り直す。

 

日奈子「今、目が合ったような気が……」

 

 ワゴン車のドアが開くと、中に伊崎詩音が座っている姿が見える。
 帽子を被り、サングラスをかけ、地味な服装をしている。

 

レポーター「あ、女優の伊崎詩音さんでしょうか?」

 

 マスコミ陣はわっと車に駆け寄っていく。

 

ちえり「目立たない服装してもバレバレだね」
日奈子「こんな事件があっても、伊崎詩音はけーくんを支えていくつもりだろうか?」
ちえり「自分の仕事にも支障あるかもしれないのにね」
日奈子「なんか、イメージ変わったかも」

 

〇飛行機・機内
 客席に座る日奈子とちえり。
 新聞を読む日奈子。

 

ちえり「ファン卒は……当分できそうにないかもね、私たち」
日奈子「そうだね、少なくとも何があったかわかるまでは、見守ってあげないと」

 

講評

ファンの行動がとてもリアルに描かれていますし、心情も伝わります。
ドラマとしても面白い作品だと思います。