私は20代の時、1990年代、短期ですがモデルをやっていました。
どうやったらモデルになれたのかとよく聞かれますのでその体験談をお話ししたいと思います。
モデルにはいろいろある
モデルというとまずランウェイモデル(ファッションモデル)や雑誌のモデルを思い浮かべるかと思いますが、モデルというのはそれだけではなく、様々なジャンルがあります。
スタイルがいいだけではありません。背が低い方も、ぽっちゃりの方も、年齢が上の方も、活躍されています。
私がやっていたモデル
私がやっていたモデルのジャンルは、『キャンギャル(キャンペーンガール)』でした。
キャンギャルもいろんな仕事がありますが、一番有名なのはレースクイーンだと思います。
私は身長が170センチ弱と、ファッションモデルになるには背が低く、タレント(テレビ等)には高すぎるという中途半端さでした。
当時は男性出演者よりも背が高いというのがタレントにとってはマイナスの時代でした。
そこで一番ぴったりなジャンルがキャンギャルだったようです。
ハイレグを来てレース場に立ちましたよ。
キャンギャルは地位が低かった
今はわかりませんが、トップモデル(ファッションモデル)を筆頭にして、モデル・タレントには階級があった気がします。
いろんなお仕事で、他のジャンルのモデルさんと同じ控室になったことがありますが、あきらかにキャンギャルは下に見られていました。
その理由は『肌の露出』です。
キャンギャルは水着になるなど肌の露出が多いため、地位が低いという位置づけでした。
繰り返しますが今はわかりません。当時のキャンギャルはハイレグなどの過激な衣装が多かったため、トータルなイメージが良くなかったようです。
モデルになった方法
さて、私がモデルになった方法ですが『スカウト』です。とはいえ、いきなりモデルにスカウトされたわけではありません。
最初は渋谷109前のティッシュ配りから始めました。
最初からスタイルが良かったわけではありません、当時私は体重が63キロくらいあってぽっちゃり体型でした。
段階的にスカウト
上京したばかりでティッシュ配りのバイトをはじめた私。
当時ティッシュ配りというのは、与えられたティッシュの分量を全て配り終えたら終わる仕事でした。
できるだけ早く配り終えたかった、そのため私はありとあらゆる工夫をして、どうすればもらってもらえるか、積極的に動いていました。(笑顔いっぱい元気に手を差し出すともらってもらえる確率UP)
それを見ていたエージェントのマネージャーにある日「君、がんばってるね、スーパーで試飲の仕事があるからそこに来てくれない?」と声をかけられました。
そして私はスーパーでビールの試飲会(マネキン)の仕事をしました。ベテランの域に達するほどたくさん仕事をしました。そこへまた別のエージェントの方から声掛けです
「あなた、こんど湘南でビールを配るイベントがあるので来てみない?」
湘南海岸でのビール配りのイベントです。そこでも私は早く仕事を終わらすために全力でとりくみました。
そこへ来た他社のエージェントの方から「今度レース場の仕事があるから、来てみない?」とお声を。
そのレースのイベントも、レースクイーンではなく、イベントで粗品を配るお仕事でした。街中でティッシュを配ったりスーパーで試飲をするよりもずっと楽な仕事でした。私は配布が誰よりも上手だったと思います。
そこへ、また声をかけられました「君、痩せたらレースクイーンになれるよ」と。その方が以後私を手引きしてくれるマネージャさんでした。
モデルになるのは簡単、仕事を見つけるのが大変
マネージャさんがついた時点で、私はもうモデルです。ただしそれだけでは仕事はつきません。
マネージャさんの言う通り私はダイエットを決行して無事63キロ→48キロになりました。(その方法などはまた別記事で)
そこからが大変です、仕事を得るためにはオーディションを受ける必要があります。
オーディションはいくつ受けたかわかりません、何十件も同時に受けます。
下手な鉄砲数撃ちゃ当たるという表現がぴったりといいますか、マネージャさんに書類を送りまくってもらいました。
応募用の写真は自腹で撮影します。何万円もかかります。私は駆け出しカメラマンの人に2万円くらいで撮影してもらいました。
書類審査が通ったら面接や公開オーディションがあります、それらの交通費は全部自腹です。なので落とすなら書類で落としてもらいたかったですね。
マネージャーさんとの契約は成功報酬制
マネージャーさんは仕事をとってきて、応募し、報酬はマネージャさんの取り分を差し引いてもらいます。悪い単語しか思い浮かばないのですがピンハネですね。
でもそれのお陰で仕事がないときは私はマネージャさんにお金を払う必要がありませんし、マネージャさんも仕事がとれないと食い上げになるので一生懸命動いてくれます。
ただ、マネージャさんに「この子はダメだ」と見捨てられたらそこで終わりです。あくまでも可能性があると思ってもらわなければなりません。
やらせオーディションもあり
中には悪質なオーディションもあって、最初から当選者が決まっている(スポンサーの社長の娘とか)のに、公開オーディションをするのもありました。
オーディションといえばプロのモデルが無料で集まりますのでハクがつきます、その中で一人異質な感じの子(突出して背が低いとかあまり可愛くない子)がいたらだいたいその子が優勝します。
そんな地雷オーディションもいろいろ経験しました。
何十もオーディションをしてご縁と巡り合う
何十個もオーディションに応募してことごとく落選するとだんだん自分に自信がなくなってきますが、マネージャが支えてくれたので続けられました。
そうこうするうち、一つ、二つと私を採用してくれるクライアントさんがでてきました。一つでも認められると、自分にも何か価値があるんだなと思えて嬉しかったです。
モデルは一朝一夕にならず
よほどの光輝く才能のある人は、簡単にオーディションに合格できるのかもしれませんが、そんな方はごく一部だと思います。
私は突出して美人でもないし、スタイルもそれほどよくありません(胴長短足)それでも最大限良く見えるように努力して、何回オーディションに落ちてもくじけずやってきました。
モデルとして仕事した期間は短かったですが、今でも価値ある充実した時間だったとふりかえることができます。
モデルになるポイント
私がスカウトスカウトでモデルになれたのは、ある一定の条件が満たされていたからだと思います。
- 渋谷の真ん中の目立つところでティッシュ配りをしていた
田舎の繁華街でティッシュ配りをしていてもモデルのスカウトは来ないと思います。モデルをするなら東京ではじめるべきでしょうね。(地方でもAVや風俗のスカウトは来たことがありますが…苦笑 ちゃんとした?モデルの仕事は圧倒的に少ないと思います)
- 場末の仕事でも全力でやった
スーパーやコンビニでの試飲(マネキン)仕事は地味で孤独ですが、全力で最善を尽くしました。誰も見ていないようで、誰かに見られているもので、仕事ぶりは必ず評価されると思います。
- 見た目よりも性格
自分の性格がいいと決して思いませんが、モデルというのはマネージャーさんや事務所なしでは難しい仕事です。マネージャさんに可愛がってもらい「この子をなんとかしてあげたい」と思われてこそ仕事が入ります。
見た目に関してはいろいろ仕事がありますので、実は二の次の問題で、性格のいい子が仕事につながっていたと思います。(私は反省することが多くあります)
- くじけない、誰かがいつか拾ってくれる
オーディションは数勝負です、100人、1000人の人と会っているうちに、自分を必要としてくれる人(仕事)に必ず出会えるはずです。自分で自分を駄目だと思って諦めたらそこで終わりです。
以上、散文になりましたが、私がモデルになった30年前のお話しでした。